2016年(平成28年)より県内自生株由来の紫(ムラサキ)を牧野植物園と提携して土佐清水で栽培を始めました。
環境省の絶滅危惧IB類に指定されているムラサキは自生地が高地であることから、冷涼な場所を好むので、夏の強い日光には弱く、デリケートで病害虫にも弱く、発芽率が低い上に連作ができないなど栽培難易度が非常に高い植物です。
栽培開始から3年を経て栽培法を確立し、収穫した紫根は染料として、また化粧品などの原料として販路を開拓しております。
ムラサキ
学名:Lithospermum
erythrorhizon
紫(ムラサキ)はムラサキ科ムラサキ属の多年草で、北海道から九州にかけての山地草原に自生しており、海外では朝鮮半島、中国、アムール地方に分布しています。環境省のレッドリスト(2007)では、「IA類ほどではないが、近い将来における絶滅の危険性が高い種」である絶滅危惧IB類(EN)に登録されています。
古くは中国最古の薬物書「神農本草経」にも登場し、また万葉集にも多くの歌が登場します。紫根(しこん)と呼ばれる根は乾燥すると紫色となり、染料として利用されてきました。また、漢方でも解熱薬、解毒薬、皮膚病の薬などとして用いられる生薬です。
草丈は50~60cmくらいで茎は直立し、上方で枝分かれします。葉は披針形で、互い違いに生える互生。開花時期は6月から7月で茎先に小さな白い五弁花をつけます。花の真ん中がへこんでいるのが特徴です。
紫根は日本薬局方に収録されており、抗炎症作用、創傷治癒の促進作用、殺菌作用などがあり、紫雲膏(しうんこう)などの漢方方剤に外用薬として配合されます。近年は日本でも抗炎症薬として、口内炎・舌炎の治療にも使用されています。
染料の成分および薬用成分はナフトキノン誘導体のシコニン(Shikonin)で、最近ではバイオテクノロジーにより大量生産されて口紅などに用いられています。また、細胞賦活作用があり、化粧品にも利用されている事から皮膚をすこやかに保ち肌にはりを与えます。
奈良時代から江戸時代末期までは各地で栽培が行われてきましたが、明治以降は合成染料の登場により商業的価値を失い、ムラサキ自体も絶滅危惧種となってしまいました。現在では製薬会社の植物園や研究所、紫染めの復活を願う熱心な愛好家たちにより栽培が試みられていますが、発芽率が低い上に病害虫に弱く、環境の変化にも弱く、連作ができないなど栽培難易度が非常に高い植物で、現在では中国から近縁種が輸入されてムラサキとして流通していますが、ムラサキとの交雑により純正種を脅かすことになっています。
土佐のムラサキ栽培
土佐史研究家の広谷喜十郎氏によると土佐におけるムラサキ栽培は「江戸紫」が知られるようになる江戸時代前期に
土佐藩では家老の野中兼山が染め物職人を江戸に派遣し、土佐の山地で栽培を奨励しており、
享保12年(1727年)5月には江戸幕府の薬園方・植村佐平次が全国の薬草調査に来藩した際に幡多郡十川村(現四万十町十和)で
ムラサキ草を確認しています。この草が皮膚病にも効能があるということで栽培地が広まりました。
その経緯を広谷氏が『十和村史』に書き、昭和57年に地元の郷土史家である蕨川正重氏に話したことにより蕨川氏が平成元年に自生地を発見し、畑地栽培に取り組み失敗を重ねながら10年の歳月をかけて成功にこぎ着けました。発芽させるまでに4年を要しています。
その後も栽培を続けた蕨川氏が種を牧野植物園に寄贈したことにより土佐清水市で栽培されている
ムラサキのルーツとなりました。
ムラサキ(紫根)の効果と用途
紫根は古くから抗炎・解毒の作用があるとされ、伝統的に火傷、凍傷、湿疹、水泡などの皮膚上に起きたトラブルの他、
痔疾や腫瘍、お通じの改善などにも用いられてきました。
世界で初めて全身麻酔による手術を成功させた江戸時代の外科医である華岡青洲が処方したとされる
紫雲膏は、当帰、紫根、ごま油、ミツロウ、豚脂で作られており、古くから火傷の手当てに用いられてきたことが知られています。
2016年の栽培開始より多くの失敗を重ね、
経験を積んだことで栽培法も確立されてきました。
染料としては言うまでもなく、美容素材としても
活用が注目されている純国産紫根のご活用をご検討ください。
収量が的確に予想できないため必要量に応じられない場合もあります。
販売価格については要相談となります。
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